夜の東京は、
昼の熱を手放し、
光だけを抱いていた。
翠は、歩いていた。
打ち合わせの帰り道。
左手には、白いチューリップ。
つつみはない。
茎の冷たさが、そのまま掌にある。
タクシーに乗れば早い。
けれど、今夜は歩きたかった。
体の奥に残った言葉を、
足音で薄めるみたいに。
そのときだった。
——ギター。
音が、先に触れた。
弦が空気をかすめるたび、
夜にやわらかな層が生まれる。
翠は、足を止めた。
あまりにも近い。
自分の旋律に。
公園の入り口。
街灯の下。
プラチナブロンドの男が、
アコースティックギターを抱えている。
黒い装い。
大きな体。
なのに、音はやわらかい。
青い瞳が、ふと上がる。
その瞬間。
——銀の月が、
水面にほどける夜。
翠は、気づかぬまま鼻歌を重ねていた。
ギターが止まる。
視線が、合う。
触れていないのに、
距離がなくなる。
胸の奥が、わずかに熱を帯びる。
息が、浅くなる。
エリーは、その青年を見た。
白い花、と思った。
儚いのに、
水を含んだみたいに、やわらかい。
鼻歌は、
夜をすこし持ち上げる。
エリーは、わずかに笑う。
通りすがりでは、終わらない気がした。
翠は、目を逸らす。
音で繋がるのは、
近すぎる。
足元に、丸い影。
ふわふわの耳。
マジネコの、シュガーちゃん。
「……ルルの」
拾い上げた瞬間。
——暗い井戸。
石の冷たさ。
底で、誰かが泣いている。
膝が揺れる。
左手の力が抜け、
白い花が、夜に触れた。
「Ça va ?」
低く、やわらかな声。
腕が支える。
清潔な、少し冷たい香り。
目を開けると、
青が、すぐそこにあった。
エリーは、ぬいぐるみを見て、
わずかに眉を上げる。
「……C’est mon Sugar, ça.」
胸が、静かに鳴る。
この夜が、
偶然かどうかは、
まだわからない。
音が、そこにある。
翠は、ただ耳を澄ませた。
音は、すでに触れている。

森の瞳と虹の聲
La voix entre l’ombre et la lumière
La voix entre l’ombre et la lumière
Chapitre I
音が、先に出会っていた
音が、先に出会っていた
白い花は、
夜に触れて、
まだ、ほどけない
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夜の東京は、
昼の熱を手放し、
光だけを抱いていた。
翠は、歩いていた。
打ち合わせの帰り道。
左手には、白いチューリップ。
つつみはない。
茎の冷たさが、そのまま掌にある。
タクシーに乗れば早い。
けれど、今夜は歩きたかった。
体の奥に残った言葉を、
足音で薄めるみたいに。
そのときだった。
——ギター。
音が、先に触れた。
弦が空気をかすめるたび、
夜にやわらかな層が生まれる。
翠は、足を止めた。
あまりにも近い。
自分の旋律に。
公園の入り口。
街灯の下。
プラチナブロンドの男が、
アコースティックギターを抱えている。
黒い装い。
大きな体。
なのに、音はやわらかい。
青い瞳が、ふと上がる。
その瞬間。
——銀の月が、
水面にほどける夜。
翠は、気づかぬまま鼻歌を重ねていた。
ギターが止まる。
視線が、合う。
触れていないのに、
距離がなくなる。
胸の奥が、わずかに熱を帯びる。
息が、浅くなる。
エリーは、その青年を見た。
白い花、と思った。
儚いのに、
水を含んだみたいに、やわらかい。
鼻歌は、
夜をすこし持ち上げる。
エリーは、わずかに笑う。
通りすがりでは、終わらない気がした。
翠は、目を逸らす。
音で繋がるのは、
近すぎる。
足元に、丸い影。
ふわふわの耳。
マジネコの、シュガーちゃん。
「……ルルの」
拾い上げた瞬間。
——暗い井戸。
石の冷たさ。
底で、誰かが泣いている。
膝が揺れる。
左手の力が抜け、
白い花が、夜に触れた。
「Ça va ?」
低く、やわらかな声。
腕が支える。
清潔な、少し冷たい香り。
目を開けると、
青が、すぐそこにあった。
エリーは、ぬいぐるみを見て、
わずかに眉を上げる。
「……C’est mon Sugar, ça.」
胸が、静かに鳴る。
この夜が、
偶然かどうかは、
まだわからない。
音が、そこにある。
翠は、ただ耳を澄ませた。
音は、すでに触れている。